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大町すずめに諏訪トンビ 松本カラスに伊那ひばり

 

 諏訪とんび

 

 

 

昔々の信州のお話です。大きな湖で有名な諏訪の夏の空は、青く晴れています。

その空をゆーったりととんびが、輪をかいて飛んでいます。

吾作どんは、畑の草とりに夢中です。

そこへ吾作の女房がおにぎりを二個つくって届けにきました。

吾作のおにぎりを一個切り株の上に置きました。

そして、吾作のそばまで行って声を掛けました。

「あんたー、お昼ごはんだよー」

「おーっ、ありがてえっ」

「あそこへ置いといただから」

女房は振り向きながら切り株の上のおにぎりを指さしました。

「あれー、どうして無いだいね」

いまのいま、切り株の上に置いたはずのおにぎりがありません。

二人で草をかき分けかき分け探しましたがどこにもおにぎりが無いのです。

あと一つしかおにぎりはありません。しようがありません。

吾作どんと女房は残ったひとつのおにぎりを二人で半分こにして食べました。

食べながら青い空を見上げると、相変わらず

とんびがゆーったりと輪をかいて飛んでいます。

吾作のおにぎりは、いったいどこへいっちゃたんでしょうか?

二人とも、とんびの口のまわりににご飯粒がついているのに気が付きません。

 

人の振り見て我が振り正せと言います。

その土地その土地に住む人々の長所、短所を表した昔々の言い伝えです。

   

     大町すずめの  諏訪とんび

        松本からすの   伊那ひばり

 

                          

 

 

 伊那ひばり

昔々の信州は伊那のお話です。

雲のかかった山あいの村に、空高くひばりの鳴く声がひびいています。

ひばりはすごく高いところを飛ぶので誰も姿を見ることができません。

「与作どーん こっちへこいやー」

「おうーっ」

「与作どんやー耳すまして聞いてみろやー」

「おうっ」

おやー聞こえてきましたよー。

「山賊が裏山の杉の木の下に、・・ピーチク」

「与作どんは嫁に隠れて酒のんだ・・パーチク」

「与作どんは嫁に隠れて酒のんだ・・ピーチク」

高い声ですが、はっきりと聞こえます。が姿が見えません。

「姿も見せずに告げ口とは、ひきょうなやつだに」

 与作どんは、昨日女房に内緒でちょっとだけお酒を飲んでしまったのです。

与作の名誉のために言いますが、本当にちょこっとだけだったのです。

与作どんは「だれだーっ、姿をみせろやーっ、ひきょうものーっ、名を名乗れー。」

と、山に向かって叫び続けました。

その夜、女房にお酒のことで、しっかりと叱られました。

あんなちょっとの酒を告げ口されて与作どんは眠れません。そう言えば「山賊が裏山の杉の木の下に、・・ピーチク」って言っていたっけ。

「んっ?おらーの事が本当なら、山賊のそれは何とする?」

与作どんはその時気づいちゃいましたよ」

早速裏山に行き杉の木の下を掘ったところ、金銀小判がざくざくと

でてきました。お金をいっぱい渡すと恐い女房はそれ以来本当に優しくなりました。

人の振り見て我が振り正せと言います。

その土地その土地に住む人々の長所、短所を表した昔々の言い伝えです。   大町すずめの  諏訪とんび

        松本からすの   伊那ひばり

                         

 

大町すずめ  

 

 お正月のことです。師走からたーくさんの雪が積もっています。

今日は朝からお天気です。

お庭の雪の上には、ちーちゃな松葉のような足跡がいーっぱい、ついています。

「すずめずらか」・・とおじいさんはつぶやきました。

長野県の北にある信州信濃の、大町という所の昔々のお話です。

この大町の家々には、一軒に三羽ずつのすずめが住みついていると言われています。

 ねたみ、、そねみ、やっかみの三羽です。

「あそこの夫婦は、仲が悪くて・・チュン」

「あの爺さんが、何ができるっちゅうだい。チュン」

「何にも出きっこねーんね ・・ちゅん」

「あの家のばばさまは、金はあるけどケチでケチで・・チュン」

 

おじいさんのお庭には、朝も早いのに三十羽以上のすずめ達が集まって大騒ぎです。

おやおやおじいさんが聞いているのに、すずめ達はお話に夢中です。

「また噂話か、朝からウルサイすずめどもめ」

こまったすずめさん達です。

「おやー、そねみはあーんな事を言ってるだかい。なになに、ねたみも

うなずいているじゃね~か。わしがここにいるだっつーだに、話に夢中になりおって、周りも見えずに悪口ばかり。」

おじいさんは怒ってしまいました「こらーっ」すずめ達はびっくり仰天です

あわてて飛び上がって、二軒となりのお庭で、またチュンチュンお話です。

今度は、おとら婆さんに叱られるぞー。知らないからねー。

 

人のふり見て我がふり正せと言います。

その土地その土地に住む人々の長所、短所を表した昔々の言い伝えです。

大町すずめの  諏訪とんび

        松本からすの  伊那ひばり

                          

松本カラス

昔々信州の松本城の見える所に,信濃屋と言う小間物やがありました。

主人の伊之助には変わった趣味がありました。お天気の日には誰にも見られないように、小判を干すのです。この事を知っているのは大番頭の五平だけです。

五平はだんな様がどうして小判を干すのか気になって仕方ありません。

そして、ついに聞いてしまいました。

「だんな様どうして小判を干すんかいねー」すると主人の伊之助は、

「簡単なことだら、お布団をお日様に干すと膨れるずら。目には見えないがこの一両もお日様のおかげで膨れて一両二分になるんだわいね」

五平は納得したような、しないような顔をしています。

 ある日伊之助は天気が良いのでまた小判を干していました。お日様の光を浴びて、それはもうこの世のものとはおもえぬほどキラキラ光っています。

屋根の上でカラスが目を白黒させています。

 伊之助もあまりのお天気についうとうと眠ってしまいました。

目を覚ますと、「こりゃー、なんとした事ずらか。金が無いっ、五平、五平はおらんかー」お店中大騒ぎになってしまいました。

 

信濃屋から一里ほどの所にどぶ板長屋がありました。みんなで大切にしていた大きな木が一本ありましたが、枯れてしまいそうなのでかわいそうだけれどみんなで切ろうという事になったのです。

若い衆が上の枝から切ろうと木に登ってみると、木に穴が開いていました。

のぞき込むと小判がざくざく入っていたのです。

長屋のみんなはそのお金を分けて、この木を助けようと一生懸命手入れをしました。木が元気を取り戻したおかげか、その木の穴には毎月毎月小判がざくざく入っていました。

良いからすの仕業だったのでしょうか。

悪いからすの仕業だったのでしょうか。

それとも助けてもらった木の恩返しだったのでしょうか。

人の振り見て我が振り正せと言います。

その土地その土地に住む人々の長所、短所を表した昔々の言い伝えです。

大町すずめの  諏訪とんび

        松本からすの  伊那ひばり

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あやの赤いいたずら 

  あやの 赤い悪戯

  

三日月に金星(きんせい)のイヤリングをつけて

  クリスタルグラスに宇宙の闇を沈める

  あやの()まれた夜に火星が光を放った

  その瞬間グラスの闇に1600万個の恒星が浮かんだ

  マグネシウムの閃光が僕を包む

  和服のあやがテーブルの向こうで微笑んでいる

  酒を飲みほして “こんど遊ぼうか”と

  言おうとした瞬間 喉を太陽が焦がす

  あやが僕の眼をみて“こんど遊ぼうね”と言った

  太陽の熱に焼かれた喉で、ただうなずいた

  むじゃきに笑ったあやの瞳の奥で

  ルビー色の火星が大笑いしているのを、ぼくは見逃さなかった

  はたして あやはまだ知らないのだ

  ぼくが30万光年先の2000億個の恒星を浮かべた

銀河の川で夜ごと二人乗りの船を出していることを

  そう、そしていつも一人で漂っていることを、

・・・・・・・・・・・・・・そう、ひとりだけで

「へそすりの池」アオガエルの恩返し。人情は永遠に。

へそすりの(いけ)

 むかしむかしのお話です。現代で言えば北アルプスの山の麓(長野県大町市)でのお話です。信州上原(わっぱら)の春は、桜や梅やりんごの花がいっぺんに咲いて、今まさに満開の時です。

爺が岳の雪形に種まき爺さんが現れて、もうそろそろ畑や田んぼの手入れをしようと村の衆が集まってきました。

 「今年も水が冷てえんかやー。こんなに冷てえ水じゃ、米はもうあきらめるしかねえなー。」

この土地を開拓して田んぼは作ったものの、毎年毎年、この凍るような雪解け水のせいでずっと不作がつづいていました。

このままじゃ生きちゃいかれないと、村の衆が頭をかかえて困っていました。

 

「爺ちゃーん、川の所に知らない子が怪我してるよー」村の子供たちが走ってきました。爺さまは子供たちと一緒に急いで川にいきました。

 その子は六つか七つくらいでしょうか。

頭に怪我をしていましたから爺さまが背中におぶって家につれて帰りました。なんだか妙に顔色が緑色で変わった子供だなーと思いましたが、この近所には見かけない顔です。

「どこの子かな、親衆はどこじゃ?」と爺さまが聞いても返事をしません。

「初めて見る子だけんども、けがをしているんじゃから、定吉や、ほれ看病してあげなさい。おなかはすいちゃいないかい。たいしたもんは無いけど、これでも食べてやすみなさい。」と、その子を孫の 定吉に預けて爺さまはまた田んぼに出かけていきました。

 

「だいじょうぶだよ。心配しないでいいよ。でもおまえさー、名前はなんていうの?」と定吉が聞きました。するとその子は

「青だよ、みんなはね、青って呼ぶんだよ。」と答えました。

それから、定吉は青の看病を一生けん命にしました。

 だけど、どんなに待っても怪我をした青を探しに来る親は出てきませんでした。

そうこうして居るうちに、三日もすると青はどんどん元気になって、

定吉と一緒に遊べるようになりました。

 

「あのね、大変お世話になったからね、あしたからね、爺さまのお手伝いをするね。」

 

次の日から青はみんながびっくりするほどはたらきました。

村の衆は青のことを、「馬みていな名前だな。おお、だからあんなに

働くんだなー。うめえ名前じゃねーか、うん、そうか 青か、ふーん、あんねに小さいのにてえしたもんだ。」

青は、氷のように冷たい水のことで、爺さまや村の衆が本当に困っていることを定吉から聞いて知りました。

 

あと半月ほどで田植えになるころです。

朝、目覚めると定吉はびっくりしました。青の胸や手足が傷だらけなのです。

「青、だいじょうぶ?」「うん、何でもないよ、平気だよ。」

定吉はずっと青と一緒にいたはずなのに、いつどうしてどこで傷だらけになっちゃたんだろう?と不思議に思いました。

 

二人で田んぼの水はりを見にいくと村の衆が集まっていました。

「爺さまやー、今年の水はよー、気のせえか、あったけえだよ」

爺さまも水に手を入れてみました。

こんなに水があったかい事なんてはじめてのせいか、うれしくてたまりません。

 「水があったけえで、今年の米はなんとかなるぞ。また冷たくなんねーように、みんなで神社にお参りにいくだ。」 

爺さまと村の衆はみんなでお宮にむかいました。

 

残った定吉に、青が「ねーねー、面白いところを見つけたからねー、

遊びにいこーよ」と言いました。

二人で田んぼの掛けぐちの小川の上流に行ったのです。

すると川の下に一反分ほどの池がありました。

「青さー、おらはこんな池は初めて見ただよ、青はいつ知ったの?」

「おらーもね、昨日の夕方みつけたんだよ」

 

その池に入ってみると足首くらいの水の深さです。

あまりにも浅いので、ぜんぜん怖くありません。冷たい水でしたが、二人は水を掛け合ったり、汗をかいたらその水をのんだりして遊びました。

二人は楽しくてしかたありません。

「定吉ねっ、この池は二人の秘密だよ。」

「青も誰にも言っちゃだめだよ。」二人は家に帰るといつも通りに薪を割ったり、家のお手伝いをしました。

もちろん約束通り、爺さまにも内緒です。

「青、おやすみ、明日もあの場所であそぼうね。」

定吉と青は昼間の疲れからすぐに寝てしまいました。

 

何時だったでしょうか。定吉は扉のしまる音で目を開けました。

となりの布団を見ると青がいません。まだ外は真夜中です。五月の頭ですから夜はまだ冷えます。扉の外に出ると月明かりに照らされて青が歩いていくのが見えます。

青はあの秘密の池に向かっているようです。

青は何をしようとしているんだろう?定吉は首を傾げながら青の後ろ姿をおいかけました。すると、昼間に遊んだあの池の下流に着いたのです。

 

青は池から流れだす冷たい川にうつぶせになると手と足を一生懸命に掻いています。月明かりの下で青の影がどんどん大きくなって川幅がずんずん広がっていきます。

そうすると不思議なことに、あの二尺ほどの川があっと言う間に二つめの池になってしまいました。

定吉はびっくりして、あわてて家にとぶように帰って布団にくるまって目をつむりました。

「おらは夢を見たに違いねーだよ。」定吉はずっと頭の中で繰り返しました。

 朝起きると、青はまだ眠っていたのですが、その胸や手足は傷だらけです。

定吉は、夜のことを青に話しかけたかったのですが、なぜか話したら友達でいられなくなっちゃうんじゃないかと、つらい気持ちがこみ上げてきてしゃべることが出来ません。

 

「青、傷はだいじょうぶ?」というだけで精一杯でした。

「定吉さー、さっきからおらの事をじろじろ見てばっかりで、なんか変だよ。今日もさー、あの池に遊びにいこうね」

二人が秘密の池に向かって歩いていると爺さまが田んぼの脇の水に手をつけて、にこにこしています。

「二人とも仲良くな。ことしの水は最高じゃ、日に日に水があったかくなる。こんな事は初めてじゃ。豊作になるぞ。」

 

二人で池に行くと昨日まで一つしか無かった池が二つに増えていました。

こんどの池も足首位の深さしかありません。

定吉は夜のことなどしっかり忘れて青と遊びました。

そして、また次の日は池が三っつに増えていました。

今日は本当に暑い日です。五月なのにもう夏のようです。

「青っ、向こう岸まで競争だぞ。」定吉と青は、その三つ目の浅い池に腹ばいになって競争を始めました。

浅い池のせいで、おなかが擦れてあまりの痛さに定吉は負けてしまいました。

何回競争しても定吉は青に勝てません。

いよいよ最後の競争です。一生懸命頑張りましたが、また定吉は青に負けてしまいました。

青は立ち上がって「おらの勝ちだー。」と大きな声で叫びました。

まだうつぶせのままの定吉が、青を見上げると何か変です。

 

「あれー、青っ、おまえ おへそが無いぞー。」

青は、びっくりした顔で自分のお腹をを見ると、みるみる涙をうかべて

川の上流のほうに走っていってしまいました。

定吉は「青っ、青ーっ」と、ずっと叫び続けました。

青はどうしちゃったんだろう?

定吉はまた、青が戻ってきてくれて、「またあそぼうね。」と言ってくれるかと、暗くなるまで青を待ち続けましたが、ついに青が戻ることはありませんでした。

 

定吉がふさいでいる姿を見て、爺さまが心配して問いただしました。

定吉から、青の作った池の話を聞いた爺さまは大急ぎで村の衆を集めて、みんなでその池を見に行きました。

 「あー、田んぼの水があったかくなったのは、この池のおかげだったのか。この池を青が作ってくれたのか。」

村の衆はみんな驚いて、いまはいなくなってしまった青に感謝したのです。

 

冷たい雪解け水の流れてくる川を、おおきな三っつの浅い池にして、お日さまの光をいっぱい当てて水の温度を上げてくれたんだ。

おかげで今年の米は最高の出来になるに違いない。

青はこの村を助けてくれたんだ。

 

爺さまと村の衆は、青のやさしくてあったかい心を忘れないように

<ぬるめ>と名付けました。

みんなが欲しかった(あったかい水)という方言です。

 しかし定吉の話を聞いた子供たちは、一人きりで一生懸命にこの池をつくって、おへそが擦り切れて無くなってしまった青のことを偲んで

<へそすりの池>と呼ぶようになりました。

 

それからはずっと、この村は豊作がつづいたのです。

やさしい村人に怪我を治してもらった青ガエルの恩返し。

 

あれっ、ほらっ、夜になると青の声が聞こえるよ。田植えが済むといっぱいの青がえるが鳴いています。

「爺さま、ありがとう。定吉ありがとう。村の衆ありがとう。」って、聞こえないかい?

じじぢゃま、じじぢゃま、ぢゃだぎぢ、ぢゃだぎぢ

じじぢゃま、あでぃがど、

ぢゃだぎぢ、あでぃがど、

 

じじぢゃま、ぢゃだぎぢ、じじぢゃま、ぢゃだぎぢ

 

あでぃがど、あでぃがど、

あでぃがど、あでぃがど、

あでぃがどー

 

 

 <へそすりの池>をつくってくれた青ガエルの物語でございました。

 

「定吉っー、いつかまた、 おへそを見つけたらね、人間の恰好をして遊びにいくからねー。みんなー、おらと一緒に、またいっぱいいっぱいあそんでねー」

   

 

町川デジャブー 信濃大町の夏の記憶がはじけた。

あなたは、たこともいものがえる瞬間経験したがありませんか?

 

2007825日の白昼夢  (まち)(がわ)デジャブー 

暑いっ。今年は異常気象だと連日、ニュースが声高に報じている。

汗が背骨に沿って流れる。

盆開けの午後とはいえ、夏の太陽がじりじりとアスファルトを溶かしているのだ。

下から立ちのぼる熱せられた空気に、目の前の商店街は揺らいでいる。

午後3時20分私は北アルプスの入り口である信濃大町駅に立っていた。

シャッターの多い商店街通りを北へ歩いていると、足の下から川の流れる音が聞こえてくる。 

2車線の車道の両脇のアーケードの下が歩道になっていてその下が川になっている。

左右の歩道の下に2本の川が流れている不思議な商店街だ。

駅から7分ほどで小料理<わちがい>の入り口をくぐった。

盆開けの、あまりの暑さにビールでも一杯と、思ったからだ

入るとそこには正面と右に土間があり、右手には4畳と6畳程の小上がりがある。

もし私が武士なら、お付きの者が控える間のようだ。

お付きも無く一人で残念だが、その土間をまっすぐに進んで引き戸を開けた。

20代前半であろう娘さん達が明るい声で迎えてくれた。

「いらっしゃいませー、こちらのお部屋にどうぞー」 

案内されるまま、中庭を東に見て縁側を歩くと12畳と10畳位の並びの部屋の手前の一室に通された。

私は何回かここを利用しているので知っている事だが、この<わちがい>の全ての部屋には驚くことに冷房と言うものが無いのだ。

暑ければ戸を開け、寒ければ戸を閉める。

夏の夜には蚊取り線香を炊く。

晩秋の夜には火鉢に炭が入る。

自然とそのまま向き合ってひとときを過ごす。

まるで禅寺のお坊さんにでもなった気分にさせてくれるのだ。

午後の暑さに全て開け放たれたガラス戸も、80年以上も昔のソーダガラスだ。

このソーダガラスはおおざっぱな平面ではあるが透して見る景色は歪んで見える。それでも当時とすれば最先端の技術だったのだろう。

また何気なく見る長押や柱に打ってある釘は巻頭という和釘だ。

古い時代の鍛冶屋職人の技の素晴らしさをこの釘一本からも伺い知ることが出来るのだ。

いまどきこんな建具にあえるのも、<わちがい>での楽しみの一つだろうか。

 

私は床の間を背にして、内庭から外の薬局を見通せる形で、西向きに腰を下ろした。

もう一度言うが、まだ陽の高い3時半なのだ。

部屋の戸はすべて開けられていて、部屋、縁側、内庭そして黒板塀の門まで、開いている。なんとも開放的でうれしい。

早速運ばれてきたビールをコップに注ぎ喉の奥のほうへグーッと流し込んだ。

いま私は大町の大庄屋であった栗林家の一室にいるのだ。

江戸時代(1600年代)の中心的な役割を担ってきた名家の大町十人衆のうちの一軒ではあるが、この建物だけは江戸の最後から明治の相当早い時期に建てられたもののようだ。

<わちがい>の屋号をもつ商家として、代表的な<町屋>造りの建物なのだ。私は特に真っ黒な柱やそれぞれ特徴のある部屋の配置と、東西の庭の趣が気にいっている。

何にせよ今日は本当に暑い。

あまりの強い陽ざしに盆明けとも思えない程だ。

立て続けにビールをコップ3杯飲んで、やっと私の身体は落ち着きを取り戻した。

とその時、部屋の開口、縁側の開口、と黒板塀の門の開口が、一直線に並んでいるのに気がついた。

何度かこの席に座っているにもかかわらず、どうして気が付かなかったのだろうか。黒い門の開口はさながらテレビ画面のようだ。

まるでトンネルだ。

なんと不思議なことにこの席だけが、そう見えるのだ。

午後340分、夕方にはまだ早い陽ざしに中庭の木々が、強く光って見える。

西陽があたっているのだ。

多くの家の庭が南に配置されているのに対して、町屋の庭は北に配置されている。

<わちがい>の庭も、その例にもれない。

庭に日光が当たると、新芽も花も日の光を求めて南に向かって咲くのだ。

だから南の庭に日光があたると、北の室内から南の庭を見る人の眼は樹木や花の裏を見ることになる。 

であるからこそ町屋の部屋から北の庭を見る人は樹木や花の表に当たる日光の色を直接見る事が出来るのだ。

やはり花も樹も表から見たいと思うのが、当然であろう。

大町の町屋造りの建物を調査した文献によると特に大町は、北庭が多いとの事だ。

この冬の長い地方にあればこそ、日光を大切にしたいと願う大町のいにしえの人々の、謙譲の美意識なのだろうか。

そういえば私の家も借家ではあったが、昭和30年頃に建てられた建物だったようだ。ここから歩いても5分ほどの距離で、この<わちがい>と同様に北に庭があった。

20坪ほどの庭には池や灯籠があり、江戸時代から明治にかけて医者の邸宅のあった敷地の一部であったと聞いている。

その医者の居宅はすでに無いが、慶応4年の棟書きのある土蔵だけが、その庭とともに当時をしのばせる。

そこで私は育った。

ビール一本が終わった。

二本目をたのんで私は、まだ光る庭を見ている。

とにかく、<わちがい>から見る庭の樹木はまぶしいほどに光っている。

黒板塀の門の向こうも光っている。

外はまだ30度を超える暑さなのだろう。

お向かいの薬局のガラスウインドーも、揺らぎながら光っている。

自動車がその門のテレビ画面の様な空間を、右に左に光ながら移動している。

強烈な光の線が尾を引いて迫ってくる。

道向かいの薬局のウィンドウのガラスも、

午後の熱い太陽のひざしを反射させてきた。

あまりにまぶしい白い光だ。

目の前の全ての光が、大きな閃光となって連続して近づいてくる。

その大きな光が更に大きくなって、私は我慢できずに大きく眼をつむった。

1887825日  明治21年午後340

私は道に立っていた。私は座っていたはずなのだが。

振り返ると黒板塀の向こうに中庭を通して、先ほどまで私の座っていた部屋が見える. 

「んっ」私には、あの部屋を出た記憶が無い。「どうなっているんだ?」

まわりの家々もまるで時代劇のセットを見るようだ。

昔の白黒の映画の様な、妙に色の少ない風景なのだ。

道の幅は15メートルもあろうか。

その道の中央には1.2メートル程の小川が流れている。

舗装も無いコンクリートも無い、ただただ土だけの道だ。

「まてよっ」私は平成の時代にいるはずだし、しかも先ほどまで自動車が、右に左に走っているのが見えていたじゃないか

酒ののみすぎか?ビール一本でそんなはずは無い。

「私は本当にどうしちゃったんだ?ましてや、道の真ん中に川なんて」

一本道の真ん中に石組みされた小川が南北にずーっと続いている。

よく見ればもんぺの女達や刺し子のはっぴを着た男達が、水辺に下りてなにやら難しい顔で話をしている。その大人たちには笑顔が無い。

下流では川幅の広がった浅瀬で裸の子供たちが、大声を出しながら魚とりに

夢中だ。それにしても、たくさんの子供たちの笑顔だ。

木桶にいれられた魚を見ると、なんと岩魚と山女魚なのだ。

またその木桶の底には、黒いつぶつぶがあった。

「ねー、この黒いのは何かなー」と聞くと、元気な男の子が

「おいちゃん知らねだかい?、あんね、これはせー、しじみずらい」 

こんな事があるはずが無いのだ。家々が並ぶような所の、こんな小さな小川に岩魚やしじみがいるなんて、やっぱり私は夢を見ているに違いない。

でもこれが本当なら、魚とりの出来るこんな小川で遊んで見たいものだと思いながらも、この子達の話す言葉のなんという懐かしさだろうか。

いやいや、やっぱりこんなことがあるはずが無いのだと自分に言い聞かせている。

そうだ。これは夢だ。

絶対に夢に違いない。

小川には無数の粗末な板がわたされている。橋として使っているのだろうか。

この風景はどこかで見たことがあるぞ。

どこでだったろう。ムッとする暑さからくるこの土の匂いもなぜか懐かしい。

この懐かしさは、頭の中の記憶なんかじゃ無い。

身体の中の数個の細胞が、思い出せっ、記憶の糸を手繰るのだと私に命令してくるのだ。

変だ。なにもかもが変だ。

確かに私の頭は混乱している。

部屋に戻ると白い髭の老人が座っていた。

「ずっと町川を見ていたようだが、気になるもんでもあったかいね。わしは医者だがお前様は少し疲れただけのようじゃで、酒でもちょっといれれば大丈夫ずら。」 

やっぱり変だ。私は病気でも無いし、しかもこの医者にも会った事さえないのだ。

この老人に勧められるままに、酒を飲んだ。

なぜか今の私の混乱を静めてくれる優しくて懐かしい香りの酒だ。

この懐かしさは何故なんだと、また私の中の細胞が騒ぎ出す。

「この町川も来年の明治22年には大改修で消えちまうでみんなの憩いの場所が無くなっちまうと、いまはその話でもちきりじゃで。ただ道を広げるという為に、この町川を両側に分けちまえばいつの日か、 (おとこ)清水(みず)(おんな)清水(みず)

神様がお怒りになるずらって年寄衆も大騒ぎだわ」

 だからか。どおりで先ほどの川の周りにいた人達が難しい顔をしていた訳だ。

そうか、あの川は町川というのか。

「何っ、明治っ」、私は混乱した。

老人から勧められた酒を飲みながら、何をどれだけ聞いただろうか。

何を聞いても、まだ落ち着かない。なぜ私が明治に、いるのか。

聞いた話と、私のいまおかれている状況が理解できないのだ。   

落ち着け。落ち着くのだ。

そのむかし大町の大通りには、東と西の湧き水を合わせた水が、生活水として流されていたらしいと、私の子供の頃に、年寄り達が茶飲み話をしていたことを思い出しながら、

私はゆっくりと部屋の低い天井を見上げた。

「暑いが気分転換に外でも一緒に歩くかね」 と医者の老人にすすめられるまま、

酔い覚ましに、<わちがい>の外へ出た。

町川と呼ばれるその川に沿って、土の道を北に歩き始めると,市野屋(いちのや)>の看板が右に見える。

いつも見慣れた名前に私の心は震え始めた。茶色の大きな杉玉が二階の軒先に2つ吊られている。

江戸時代からつづく老舗の蔵元だ。ここの酒は優しさの中にまじめさの余韻を感じさせる酒で私のお気に入りの蔵元なのだ。  

 先ほど飲んだ酒はきっと<市野屋>の酒に間違いない。と私の舌の記憶がうなずいてくる。 やっぱり私は、明治の大町に来てしまったのかと思いながらもしっかりと周りを確認しながら歩いている。

それならば、この少し先を左にいけば私の家のあった所のはずだ。

道の両側の家々の、板葺きの屋根には平たい石が沢山のせてある。

いやに軒の低い平屋の長屋作りの家並みの続いたそのときだ。

左に二階建ての土蔵が見えた。

胸が騒いだ。走り寄って土蔵の紋を見た。

心臓の音が耳をたたく。私の良く知っている紋だ。その土蔵の脇の庭を見た。

私が毎日見ていた庭石や灯籠そのままだ。

私の育った家がこの時代にあるはずも無いが、確かにこの土地が、いま踏んでいるこの土地が私のふるさとなのだ。

この庭石も、この灯籠もこの土蔵もこれから後、ここに家が建ちそこで私が生まれ育つところを、見るとでもいうのか。

町川の様に消えてしまうものと、この土蔵の様に残る物と、人はどのようにかかわっていくのだろうか。

この世のすべての物の存在さえ熱い砂の上の蜃気楼のように思えるのだ。

土蔵の白壁に西日が強く当たっている。

西に北アルプスが見える。

太陽が山を赤く照らしている。

薄く山にかかる雲たちが、赤くまぶしい。

赤い光と、私の間にその医者はいた。

「先生の・・・お名前を・・。」 まぶしさに眼を細めながら、聞いた。

夕焼けの光が一段と強くなった。

さっきまでの先生の影が赤い光の中で,融けていく。

赤が、まぶしい。

先生が白い光へと変わっていく。

赤い色の中心に白い光がどんどん大きくなる。

まるでカメラのフラッシュのようだ。

そのあまりのまぶしさに「せんせいっ!!と叫びながら

私は我慢できずに大きく、眼をつむった。

2007年8月25日(土)

 

私は眼をあけた。まぶしさの落ち着いた庭の向こうに、古いテレビの箱の様な、黒板塀の門を通して向かいの薬局の主人が見えた。携帯電話を耳にあて忙しそうに、入口の自動ドアーを出たり入ったりしている。

「おまちどうさまでしたー。」と笑顔の女の子が2本目のビールを持ってきた。

大丈夫だ。

いつもの<わちがい>の女の子だ。

大きく息をして一気に「ありがとう」と小さく私は答えた。

すべては夢だったのか。しかし、私はとりあえず現代に戻れたようだ。

あの老人は私に、こんな話をしてくれた。

むかしむかしの、おおむかし王子神社の水神様が、この土地に暮らす者たちに命じた。

「この南北の道の真ん中に川を造り、東の女清水と西の男清水のふたつの湧き水を仲よくあわせて流しなさい。そうすればここに住む者たちは、争いも無く末永くみんな仲よく幸せに暮らせるようになるであろう。」

それ以来村の者たちは皆で川を造り、教えのとおり、永い間幸せに暮らしてきたのだと・・・。

何百年もの間、一本の川になっていたものを、明治の大町の人々が、その町川を引きさいて東と西に分けてしまったのだと思うと、私なりに辛い気持ちにもなるのだ。

 

<わちがい>のこの歴史のあるたたずまいが見させる夢だったのか。

それとも私の身体の中の、自分自身も知りえぬ記憶だったのか。

そしてあの医者と名乗る老人はいったい誰だったのか。

水神様のお告げのとおりにしていたら、世の中がどんなに変わっても、はたしてこの町の人々は幸せに暮らし続けることができたのだろうか。

 

コップにビールをそそぎ、幻想の残像とともに、一気にのどの奥の奥のほうに

流し込んだ。

苦い味がした。

時計を見た。

2007年8月25日午後3時59分59秒だった。

近い将来、私はまた女清水と男清水、それぞれの湧き水が仲よく

道の真ん中を流れる「町川」を見ることが出来るだろうか。

それがだめなら1年後の

2008年8月25日午後3時半に<わちがい>の同じ部屋の同じ床の間を背にして、この夢のつづきを見る事が出来るだろうか。

平成の世の子供達に、あの町川の幸せにふれさせるためにも・・。

私はもう一度トンネルを抜けなければ・・・・。そして・・・・・・・・             

本日 気温32℃ 天気 快晴               (らん)(まる) 

共産党は弱者の味方では無い。その理由はこれだ。

生活保護費の改定について、共産党は全国の市町村で、そのシステム改修費用の補正予算に反対しています。
 ところが、どうしたことか大町市の共産党議員は賛成しちゃったんです。
3月議会までは生活保護費の改定に、あれだけ強硬に反対していたにもかかわらず、委員会で賛成に手を挙げて「しまった」とでも思ったのでしょうか?

結局本会議でも賛成に手をあげたんです。

 全国の共産党が反対しているのに、大町共産党は一体どんな理由で賛成したのかお聞きしたいものです。

 チコちゃんなら「ボ~~~っとして生きているんじゃね~~よ」って言うのかもしれませんよね。
  議会だよりでは、その点を突いた私の賛成討論については掲載されませんでした。

共産党、虹と緑の会、が大きな声で掲載に反対したようです。

その理由は、当初は・・・掲載すると「市民に誤解を与える」・・というのが理由なのだそうです・

笑えますよね。説明責任は私ではなく、議会だより編集委員の皆さんにあるはずですよ。

 議会で、実際に起きたことをひた隠しに隠したい議員がこんなにいるなんて、恥ずかしい事です。

 意見の違いがあるのは当たり前のことです。それを、市民に皆様に包み隠さずにお伝えして、その先は市民の皆様のご判断にお任せするのが議会だよりの務めであるはずです。

 それが出来ないのであれば、市民の皆様の税金で発行する意味がありません。

今回の不掲載は、市民の皆様の「知る権利」への冒涜でしかありません。

生活保護費の支給を受けている皆様も、選挙になれば1票を持っています。
大町共産党は、生活保護者、低所得者、経済弱者の皆様の味方であり続けるのか。

大町共産党はそうした皆様を救い続けることが出来るのか。

決してそうでは無いという事が証明された大町市6月議会でした。

大町の議会だよりは果たして正確に内容を伝えているのか

大町市の議会だよりは、議会で何をやっているのかを正確に報告するためのものです。

6月議会では、議案に対して賛成討論や反対討論を掲載しているのですが、

ところが、今回私が賛成討論をしたところ掲載がされないんだそうです。

 生活保護の支給額の改正について、共産党平林栄一議員と虹と緑の会栗林学議員は強硬に反対していました。ところが、国で改正が決まると地方行政は支給額を変更するためにコンピューターのシステムの改修をしなければなりません。

 社会厚生委員会で生活保護支給額改正反対の両議員は支給額変更をするためのシステム改修に賛成をしたのです。

 一方で生活保護者や低所得者の味方だと言っておきながら、改正のシステム改修の予算には賛成をするという事は、国の改正には賛成すると言っているようなものですから、私にとっても、特に生活保護を受けている皆さんにとっては大変な裏切り行為であり驚きであったことでしょう。。

 今回の私の賛成討論は、反対反対と言いながらもシステム改修に賛成してくれたことに対する感謝を込めた賛成討論にもかかわらず、議会だよりに掲載しないという事がどうしても納得がいきません。

どちらにしても、議会だより委員会は今後何を基準に掲載する、しないを判断するのか?

ダブルスタンダードにならない見解を発表するべきでしょう。

ちなみに、私の提出した文章を記しておきます。

生活保護費の改正のためのシステム改修の補正予算が委員全員の賛成をもって認められた。 この生活保護費の支給見直しは委員2名が長く反対していたが、今回賛成をしたことは生活保護費の引き下げについて認めたと感謝する。


笑わせるな共産党大町支部

共産党大町市委員会の発行する4月のおおまち民報に、「不採択は議会の資質が問われる」のタイトルで記事が載っていました。
16名の市議会議員の中で共産党系の陳情が出されていましたが、それに賛成した議員が3名。不採択にした議員が13名。

 国が生活保護の支給費を削減することを受けての陳情でした。
しかしながら、大町市の場合には田舎という事もありますし、ある意味(国の試算では逆に支給費が増える)
にもかかわらず、


 憲法まで持ち出して「健康で文化的な最低限度の生活」を脅かし、その生存権を侵害しているなどと書いています。
 
 大町市議会議員として、大町市の生活保護家庭が国のしっかりとした査定で、その生存権が保護されたことに、あるいは大きく配慮されたことに感謝こそすれ、その国に対して弓を弾く共産党の市議会議員には驚きと共に「ガッカリ」という言葉しかありません。


己の市議会議員の立場も考えずに、
私の反対討論に対して、「経済弱者の実態も知らない、痛みを知ろうとも思わない発言で、議員としての資質が問われる」とまで、記事に書いています

  
<笑わせるな共産党>


私だけでなく反対した議員10名に対しても、「議員としての資質を問うのか」

共産党の赤旗日曜版の一部を抜き盗った平林議員が何を言おうが多くの市民の賛同を得られるものではありません。

日本中の赤旗新聞が地方行政から「ノー」「NO]といわれ購読部数の激減につながったその原因を作ったのは、いったい何が原因だったのでしょうか。全国紙でも大きく取り上げられた行為も半年少しで知らん顔とは驚きですね。

 
 私、ほり堅一と人のものを抜き盗る平林議員と、どちらの資質が問われているのか。<span>

<笑わせるな。共産党大町支部>

共産党の支持者も良く考えるべきでしょう。

政務活動費の返納について

 3月で、政務活動費の清算報告をしなければならない月になりました。
しかし、私は報告義務がありません。
 なぜかというと、政務活動費を全額返納しているからです。

だからと言って、政務に関する活動をしていないかというと、そんなことはありません。
基本的に、私は車で移動するのが好きなので、何処に行くのも車です。
そんな時に助手席は空いているので、「出来るなら妻を連れて行ってあげたい」

 珠洲市の芸術祭に視察に行くにしても、自分の分だけ政務活動費を請求しても良いのですが、
妻が同乗していれば家族旅行じゃないか、という人たちもいるでしょう。
茅野市の障がい者の皆さんのアート展に妻を連れて行っても、人によっては同じことを言う人がいるかもしれません。

 A4のコピー用紙を1箱で購入したときも、どのくらいの割合で個人分と、政務の分と使っているのかと、
詮議されるのも嫌なので、
(領収書は1箱の金額なのですが)その1箱のうちの500枚だけ申請したら全く予想通りに、個人的に使用する割合を聞かれたことから、
あ~~それならば、政務活動費は返納して、
一切の疑念を生じさせないことも市会議員としての矜持を守るための
一つの主張なのかもしれないと、考えるようになりました。

 ただし、残念なのは、政務活動費の使用した議員については、その内訳がそれぞれの議員ごとに大町市のHPに掲載されますが、
私の名前は、そこには「無い」ということになってしまいます。

 「政務活動」をしていないのではなくて、「政務活動費を1円も使っていない」
ということなので、
誤解無きようにお願いを申し上げます。

 ちなみに、議会事務局によると、過去の大町市議会の歴史の中で、政務活動費を返納したのは
私が初めてなのだそうです。
これからも、私の政務活動については、FBやブログなどでご報告してまいりますので、皆様のご理解をよろしくお願い申し上げます。

12月一般質問「ため池」について市政に注文しました。

ため池について質問いたします。
今年の、4月28日兵庫県三田市内のため池が深夜に決壊し、床上浸水などの被害が起きてしまいました。
兵庫県の井戸知事は3日後の定例記者会見で
「これまでは台風などで水があふれ決壊するケースが大半だったが、今回は徐々に浸食され崩壊した。これが一番危険だ」と見解を述べました。
これは豪雨でもなければ地震でもなくて、自然に決壊してしまったということになります。

また、8月22日には九州北部豪雨で、農業用ため池の決壊が相次いだとの報道がされました。
福岡県朝倉市では、国の調査で老朽化などの問題点がないとされたため池でも、24時間で1カ月分を超す想定外の局地的豪雨と土石流によって、11カ所が決壊する事態となりました。

県の事前の点検では
「豪雨で被害が出る危険性は低い」と評価していたことや、
下流住民655名に避難指示を出していたにもかかわらず3名の死亡者が出たことは、安全に対する過信以外の何物でもなく、
非常に残念な気持ちでいっぱいであります。
近年、ため池を管理する農家の減少と、ため池の老朽化が進み続けています。
改修や運用方法の見直しなど再整備をしっかりとしなければなりません。

そもそも、ため池とは、人工的に造成された池のことをさしますが、
全国にあるため池20万か所のうちの、約7割は江戸時代以前に築造されたため池だそうです。築造にあたっては、各地域において何百年もの間、試行錯誤を繰り返して造られたものと推測されます。
ため池の多くは、水利組合や集落など、ため池を必要とする皆さんたちによって、管理されていますが、農家戸数の減少や土地利用の変化から
管理や監視体制の弱体化が心配されています。
近年の自然災害によるため池の被害を見ると、
平成16年の新潟県中越地震や10回にわたる台風の上陸によるもの、
さらには平成23年の東日本大震災によるものが顕著となっています。
ため池の被災については、この10年間では、8800件にもなります。
そのうちの7割相当の6200件は雨によるもので、
残り3割の2600件が地震によるものとなっています。
堤防というか土手が崩れた被害を見れば、この10年で279件にもなっています。もはや想定外などとは言っていられない状況であるということは、分かっていただけると思います。


東日本大震災ではため池の決壊により尊い生命が失われるとともに、住宅や農地が 被災しました
前置きが長くなりましたが、大町市の中でも特に危険だと思われるのが三日町の上にある居谷里の1号から3号までのため池だと思われます。
1号池は明治25年の築造であり、2号が昭和10年、3号が昭和27年となっています。3つの貯水量を合わせると11万トンにもなり、水の落差を考えても、万が一の時には甚大な被害が予想されるところです。
最初にお話しした兵庫県三田市の前触れもなく壊れて
大きな被害を出したため池の貯水量が3000トンですから、
居谷里の11万トンがどれほど大量の水か分かると思います。
例えでご説明すると10トンダンプカーが満載で
5000台以上が並んで道を駆け下りてくると想像してください。

恐ろしいほどの被害を想定するべきであります。
大至急その対策を立てるべきであり、これは待ったなしの課題でもあります。
①  さらに心配しているところは、3号池の水漏れであります。
この水漏れについて、長野県も工事に入っているようですが、
大町市はその実態をどのように把握しているのか。
② 長野県及び大町市から下流域である三日町の皆さんへの説明はされたのでしょうか。

また修理を完全にした状況でも、
土手を積み上げたため池は、震度5弱までしか耐震強度が出せないとされています。一昨日の夜中の地震は、びっくりしましたが、あの地震で震度4です。ため池の土手は大丈夫だったでしょうか。大変心配です。
居谷里ため池の1号から3号までの耐震強度はどのようになっているのでしょうか。答弁をお願いします。


高瀬ダム、七倉ダム、大町ダムと、この3か所が地震に対応できるのか
今まで良く議論されてきたところであります。
しかしながら、私は耐震設計された建造物として、ダムについては、ある程度安心しているところでありますが、
ため池の耐震については大変疑問が残るところです。
さらには、ため池の耐用年数は、一応80年とされています。
③1号のため池の築造は、明治25年ですから、すでに125年が経過しています。本当に大丈夫なのでしょうか。

全国の多くのため池の土手は土の種類や、
その土の積み上げ方など、その土地に伝わる人たちの
長い経験によって作られてきた経過があります。
ということは、どれだけ災害に対して大丈夫かという基準が全くあやふやということになります。

過去には大町でも青木の加蔵地区のため池が雨により決壊して被害が出たことがありました。
④ 大町地区のため池15か所、八坂地区のため池2か所、美麻地区のため池8か所について、そもそも耐震診断ができるのか、居谷里のため池以外にある22か所のため池で、建物や人的被害、農地の被害が想定されるため池の名称が分かればお示しください。

平成28年5月には国土強靱化アクションプラン2016 が発表され、
ため池や農業水利施設等の総点検等を踏まえた施設の豪雨対策、
耐震化等のハード対策や管理体制の強化等の ソフト対策を、
制度の充実を行いつつ、防災や減災力の向上に取り組 むとしています。
⑤ 国は、[H32]年までに 決壊すると多大な影響を与えるため池を選んで
⑥ ハザードマップ等ソフト対策を実施しなさいとしていますが、大町市にあるため池25か所のうちどれが該当するのかを答弁ください。
ため池の防災・減災対策は、各種計画に位置付けられており、平成28年8月24日に閣議決定された新たな土地改良・長期計画にも目標を設定して対策を推進することとしています。
国では、ため池の決壊によって 住まいが浸水する可能性がどのエリアまであるのか。
近くの避難場所はどこか。避難する道のりはどこが良いのか。
避難場所までの危険個所はないか。
避難するにはどの位の時間が必要なのか。
などを示しながら、急いでハザードマップを作成すべきとしています。
長野県では上田市だけが作成しています。大町市もすぐにやるべきではありませんか。
想定外ではなく、想定される被害にしっかりと向き合ったうえでの、答弁をお願いいたします。

北アルプス国際芸術祭は大成功だった。

芸術祭が終わりました。ご意見をいただいたので包み隠さずに「ご報告」いたします。

ほり 堅一
· 7月31日 19:18 ·
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北アルプス国際芸術祭の集計結果が出ました。
20サイトのハンコの数が256.438人
34サイトに換算して  435.945人
イベントなどをプラスして
       全合計 453.665人 となりました。
これはすごいことです。
大町市の持つ大自然のポテンシャルの高さが評価されたものと考えます。
日本最高の芸術祭として締めくくれたことに感謝いたします。
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74882 大平 由香理さん、いがみ しほみさん、他80人
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降旗 いずみ 素敵な作品、忘れません
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11
· 7月31日 19:43
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Hiromi Kitahara スタンプの数でなくて、チケットの売上数は?
特に市外の数が知りたいです。
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· 返信 ·
11
· 7月31日 21:04
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ほり 堅一 閉幕の一日前で23,500枚だったようです。特に販売先のチェックまではしていないと思います。
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11
· 7月31日 21:29 · 編集済み
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八木 聡 イベントの評価は置いといて、ミラクルな計算方法ですね。
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22
· 7月31日 21:24 · 編集済み
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ほり 堅一 大町独自の計算方法ではありません。批判ではなく建設的なご意見をください。
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· 返信 · 7月31日 21:27
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鹿田 敏彦 ほりさんの気持ちはわかるけれど、鑑賞パスポートと個別鑑賞券の売り上げから見る実質入場者は5万人超と考えられることは事実であり、そこから全体を考えるべきだと思います。
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11
· 7月31日 22:44
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ほり 堅一 鹿田さんのおっしゃる事はよく分かります。他の芸術祭がまずはこの数字から始まるのでこのような形になります。無料サイトだけをめぐる皆さんもたくさんいらっしゃったようですし、実数というものは難しいものと思います。これは初めから議論になったところですが、大町市に来てよかったと言っていただける方を一人でも増やしていくための「一つの数字」と考えていただければありがたいところです。
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22
· 7月31日 22:51
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鹿田 敏彦 その通りです。ただ、あえてい言わせてもらえれば、無料サイトだけ巡るお客様は、スキーシーズンにコンビニの駐車場に寝泊まりして滑るだけの、「経済効果」を計算できない人々だと考えるべきです。
ただ、こういう「経済一辺倒「拝金主義」的な考え方は大嫌いなのだけれど、現在の何であれ「催し」をやったら、その評価が「金」で換算される以上、やむを得ないことだと思います。
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11
· 7月31日 22:57
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ほり 堅一 まだまだ、一つの数字が出ただけです。これから様々な観点から検証が進むものと考えます。最終報告まで時間はかかりますが、評価できるものは評価して、反省するものは反省をして、大町について「未来への伝言」ができたら今回の芸術祭の意義が確認できると思います。
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22
· 7月31日 23:03
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八木 聡 批判をしているわけではなく、評価以前の話です。

計算して発表するなら、まずは45万人が何を指している数字なのか説明がいるのではないでしょうか。
「北アルプス国際芸術祭の集計結果」では何の集計結果かわかりません。

細かいことを書かせてもらうと、堀さんの例では集計結果はハンコの数だけで、その先は推計値です。

年間1万人の入場者、1000の美術作品、イベント参加者が1000人の美術館があると仮定すると、この美術館は「年間1000万1000人の美術館です。」と外部に説明しているようなものです。
 
美術作品数に見た人の数を掛けることにどんな意味があるのかわかりませんが、美術作品を100増やすと年間100万人が増えるのミラクルな計算方法です。

計算された数字が何を指しているのか説明もせずに、
美術作品を見たひと+イベント参加人数の延べ人数をだすことにどんな意図があるのかわかりませんが、国際芸術祭の参加人数をだすなら、パスポートの売上数やハンコの数などはっきりしていている数字から、推計値をだす方が建設的な議論ができると思います。

また他でも使っている計算方法なら同じ計算している他の美術祭と比較しないと、45万人が多いのか少ないのかがわからず、堀さんの結論にある「大町市の持つ大自然のポテンシャルの高さが評価された」「日本最高の芸術祭として締めくくれた」になぜつながるのかが、よくわかりません。
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· 返信 ·
11
· 17時間前 · 編集済み
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ほり 堅一 1館ではありません。34ヶ所の美術館の入場者数とお考え下さい。
ですからハンコの数と書いてあります。
先ずは、正確な数字を基本に後の作業をするべきと考えます。
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· 返信 · 22時間前
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八木 聡 この計算方法がミラクルなのは、重複を考慮しないので、実際の観光客数が全く増えなくても入場者数を簡単に増やせることです。

一つの方法は作品数を増すことです。今回の作品数を仮に半数残して、次回同じ数を作れば、作品数が1.5倍になります。同じ観光客数でも、入場者数は作品数で掛け算して算出するので、その分(大体1.5倍とか)が増えます。3年に1度開催して作品数が増えれば、実際の観光客数が増えなくても、確実に入場者数を増やすことができます。

もう一つの方法は、実際にハンコをカウントした数を全体に換算するので、できるだけたくさん人が来る作品だけカウントすることです。今回20箇所でカウントしたそうですが、人が多く来るところに絞ったほうが効率がいいです。

次回は、今回の作品の半数を残して、全体の作品数を1.5倍にして、カウントする箇所を人が多く来る5箇所とか10箇所に絞れば、実際の観光客が全く増えなくても入場者数は2倍に増やすことができるでしょう。アルペンルートの100万人を超すことも夢ではありません。
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· 返信 · 10時間前 · 編集済み
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ほり 堅一 悪意をもって集計する方法を教えていただいてありがとうございます。悪い事を考える力は私にはありませんし、ましてや大町市の芸術祭は今回が初めてです。私も含めて今回の芸術祭にかかわった皆様は、大町市に来て気持ち良くおかえりいただきたい、その一心でした。悪い事をするつもりも、したつもりも無いとおもいますが、ならばどのように評価するのか代案をお持ちの上でのご意見なのでしょうから、正確な数字を出せる自信がどこからきているのかをお聞きしたいものです。私も謙遜するくらいの器量は持ち合わせているつもりですが、今回の人の流れや行列を見て、一応の成功感をもって芸術祭を評価している市民の皆様にもわかるように、「こんな数字を信用しちゃだめだ」って言う説明をお願いいたします。八木さんの数字感を示してください。
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· 返信 · 7時間前 · 編集済み
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ほり 堅一 八木さんに、至急お願いいたします。多くの市民が「成功だった」という意見が多い中、はっきりと自分ならこのように分析すると示せばよいのではないでしょうか。重複を避けるためには「このような方法があるにも関わらず、大町市は好き勝手な数字を並べ立てていますから信用しちゃだめですよ」ってことだと思いますので、至急その方法を示してください。こんな数字で浮かれていちゃだめですよって根拠をもって示してください。得心が行くお答えをいただいたらすぐに検討してその方向で修正するべきだと、私も強く思います。
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· 返信 · 8時間前 · 編集済み
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ほり 堅一 今回の無料サイトをご覧になってのご意見なのでしょうか。仏崎や宮の森など無料であるにも関わらず大人気のサイトもありましたよね。何をして、人気のある所だけがカウントされるのかわかりません。八木さんは、すべてのサイトをご覧になっているのでしょうか。
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· 返信 · 7時間前
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八木 聡 失敗か成功かはいろいろな基準があり、参加者数では一概には評価できないと思っています。とはいえ参加者数は一つの指標であるので、数え方を実際に参加した人の数にどのように近づけるかは知恵を絞ったらいいと思います。

数え方について深く考えたことはありませんが、ぱっと思いつくところでは、①一番簡単な考えはパスポートのでた数を参加者数とすることではないでしょうか。... もっと見る
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· 返信 · 5時間前 · 編集済み
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ほり 堅一 まずは市民とともに「大町がにぎわったこと」を素直に喜んでいただきたいな~~~って思います。またボランティアサポーターや様々な妨害にもめげずに頑張った市職員などにも「ごくろうさま」と声をかけていただければ本当にうれしいです。八木さんの言うようなパスポートを持って一人何か所回ったのかは、おそらく出しようがないでしょうね。実数というものは設定の仕方で変化しますから、芸術祭のサイトをめぐって鑑賞してくれた延べの実数がまずは現時点での数字として発表されるのは致し方のないところでしょう。八木さんの言うように15で数字を示すと、その根拠を示せと「反芸術祭」の皆さんは大声を上げるのでしょう。ちなみに、瀬戸内芸術祭は一日当たり9,910ハンコですし、十日町では10,213でした。大町を見ると7,959ハンコです。歴史ある芸術祭に対して、初めての大きな試みとしては「大健闘」したことは間違いがないと思います。ちなみに大町は34作品でしたが十日町は378作品、瀬戸内は206作品です。10分の1以下から6分の1の作品数でしたが、これをどう評価するのかも今後の課題でしょう。また、たとえ延べ人数であっても、これだけの数字を出したということは北アルプス国際芸術祭の開催意義は十分あったと考えたいものです。57日間の間に多くの市民が感じてくれたであろうところの「にぎわい」が「成功体験」となり「人と人のつながり」が今後の大町市に良い影響をもたらしてくれることを願うばかりです。ペテンにかけるような数字ではありません。まだまだ「反芸術祭」の皆様の抵抗は続くのでしょうが、この抵抗が大町市の未来にとって、また「市民の利益」にとってマイナスになるのか、プラスになるのかは、すでに多くの市民の皆様が「肌で感じている」ことでしょう。ダムに来て通過していく人数を「交流人口」として、どのようにカウントしているかはわかりませんが発表されます。今回芸術祭にお越しいただいた皆様は確実に大町を見て大町を楽しんでくれた皆様です。これからは「交流人口」ではなく「関係人口」という呼び方が出来るように、さらに関係を深めることができるようにしていきたいものです。
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· 返信 · 58分前 · 編集済み
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八木 聡 入場者数45.3万人は集計値ではなく、推計値です。
 
正確な推計する時間がないというなら、確かな数字として、最初にパスポートのでた数を発表すべきでしょう。
 
急ぎで推計値を出す必要があるなら、パスポートのでた数に1箇所300円払って参加した人の数を合計する方が実質に近いです。先ほどは聞き取りをする案を出しましたが、別の方法として20箇所の調査でパスポートで来た人と、300円支払った人の割合はでるので、その割合で+したら簡単にでます。

例えば10:1の割合なら、パスポートがでた数×1.1をかけたら、重複を排除したおおよその参加数はでると思います。

思いつきなのでもっとよい方法があるのかも知れませんが、
入場者数45万人よりは、私の提案の計算方法が実質により近いです。

入場者数の計算方法以外の話は、別の機会に・・・


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2 · 21時間前 · 編集済み
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.





ほり 堅一



ほり 堅一 実数を把握するにも「およそ」しか出せないことはわかっています。たとえどんな数字を出しても反対派の皆さんからの突込みが入るので、ハンコの数が優先されることもご理解ください。芸術祭が終わりパスポートの数は現金が入金になった分だけはわかりますが、今後エージェント?からの入金を確認して最終の結果が出せると思います。これからパスポート販売の実数が出たところで様々な点を検証していくしかありません。ご理解ください。


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1 · 18時間前
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.





八木 聡



八木 聡 実数がでるにも時間がかかることについては了解です。 
推計値は「およそ」であることを前提なので、いろいろな数値がでてきていいと思います。数字はあくまでも数字に過ぎないので、目的に合わせていろんな角度から議論することが理解が深まりいいかと思います。

堀さんがコメントしてくれたように美術祭の効果はいろいろあり、人数だけは評価できないと思います。

私自身も家族でパスポートを持って回わり、いろいろ思うところはありました。

ただ、参加者数は、国際美術による宿泊やおみやげ・食事などの消費額を考える基準となるので大切な数だと思います。

ここで数が10倍違ってしまうと、温泉郷の宿泊者増はある程度数えられるので、全体数における宿泊の割合が大きく狂ってしまいます。

例えば実際は100人に一人が泊まってくれたのに(←適当な数字)、1000人に一人の宿泊と算出されたり、実際には一人当たり5000円おみやげ・食事で消費してくれたのにそれが500円とカウントされるようでは、一人当たりでみれば過少評価になってしまい、せっかく来てくれた人にも申し訳ない話です。

計算できるところは、できるかぎり正確な計算をするように心がけ、一方で計算できない「楽しさ」などこころの問題は、市民・参加者一人一人が評価し、感想を言い合えばいいと思います。


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1 · 14時間前 · 編集済み









北アルプス国際芸術祭について寄稿する

(北アルプス国際芸術祭を考える)
 
「アーティストとは答えを示すのではなく問いを発する人である」という言葉があります。
一部作品に「作品といえるようなものじゃない」とか批判やご意見があるようですが、
まさにそれこそがアーティストの問いかけであると私は考えています。
答えが一つの数学や化学と違い、多様性を前提とするアートは答えがないという点で大きな相違があります。
100人が見れば100通りの感想があるのが現代アートだと言えるでしょう。
例えば、木崎湖の船に載せた大量消費時代を象徴するプラスチックや、
新しい物にとって代わられた時代遅れの品々などを見たときに、様々なご意見があると思います。
 この作品の感想を私に問われるのなら、
「この船は大量消費時代に生きた現代人の喜びの証であり歴史であり、
反省であり悔悟であり、この時代をこの船とともに未来に進めるのか、
それとも過去に押し流して新しいライフスタイルを模索するのかを作家が問うていると思う」
とこたえるでしょう。
2か月間の喧噪の議論とともに展示期間が終わって、この船が撤去された後に訪れる木崎湖の静寂や湖面の美しさや吹き渡る風が、
さらに、より新鮮に感じられることでしょう。
決して、私の考えに同意を求めるものでもありません。
良い悪いを多数決で決める物でもありません。
答えを求める作業を強制するものでもありません。
 
 あの抜き盗られた赤旗の記事には「現代美術は楽しまないともったいない」と記されていました。

 人類の歴史を見れば、戦の道具が生まれ、国が生まれ、宗教が生まれ、
DNAの解析やES細胞などの発見により人間の部品まで生み出される時代となりました。
その時代を生きる私たちに対して、作家たちが発する問いかけを静かにそして素直に作品を直視することで、
楽しみたいと思うのは私だけではないことを期待してやみません。

5月臨時議会が終わりました。

 4年任期の半分が終わり、新しい議長に副議長、
常任委員会の委員や委員長、副委員長など
たくさんの決め事をする2日間が終わりました。

 大町市議会は、昭和46年に会派制を敷くことで議会運営の基本にしています。
しかし、今議会では、どこにも属さない無会派議員が4名になり
会派制にほころびが出つつある状況になっています。

新しい時代が生まれつつあることを感じながら、
無会派として感じる矛盾をお話しさせていただきました。
分かっていただける議員の方々もおりますが、聞く耳を持たない議員もいることも確かです。

 もうしばらくは、おとなしくしていようと思いますが、
ほころびが大きくなれば、46年前の会派制の矛盾に一石を投じる意味でも行動に移したいと思います。

 それにつけても勝野議長の就任には大きく期待をしたいと思いますし、
大きなエールを送りたいと思います。
新しい議会作りに励んでいただくことをお願いしておきます。

 選挙という試練を乗り越えた議員個々の権利が尊重される議会を目指して、私も精進してまいります。
市民の皆様からの負託にこたえる意味でも、もうすぐ始まる6月議会に向けて準備いたします。

最後は、人間としての生き方の問題なのでしょうね。

素晴らしい共産党県会議員の身の引き方ですね。
人としてこう在りたいものです。

 大町市の共産党市議会議員の新聞の抜き盗りと、
和歌山県議会議員の電気の抜き盗りでは、こんなに違うものなのでしょうかね。


片方は居座る。片方は潔く辞表を出す。
最後は人間としての生き方の問題なのかもしれません。

以下を参照ください。

 記者会見で議員辞職を表明する共産党松坂県議
(3月8日・和歌山県庁)


共産党の松坂議員は、先月12日の午後6時半ごろ、
広川町の温泉施設「滝原(たきはら)温泉 ほたるの湯」の駐車場のコンセントから、
無断で自家用のプラグインハイブリッド車に充電し、
この施設の管理会社から被害届を受け、
湯浅警察署から窃盗未遂の疑いで、きのう(7日)書類送検されました。

松坂議員は、
けさ開かれた県本部の常任委員会で「政治家として責任をとりたい」と表明し、
県議会議長に辞職願を提出し受理されました。
そのあと県庁で記者会見した松坂議員は、
改めて無断充電での書類送検を陳謝したうえで
「県議を辞職することでけじめを付けたい。今後のことは全く考えておらず、未定」と述べました。

  同行した共産党県委員会の下角力(しもかど・つとむ)委員長は
「電気の窃盗は社会的犯罪行為だ。
責任を取りたいとする本人の意思を尊重した」と話しています。

また松坂議員は、きょうの記者会見の中で、
およそ3年前から議員会館や「あきばさんプール」、民間駐車場のいずれも和歌山市内の3か所でも、
施設の管理者から正式に許可を得ないまま、
コンセントから車の充電をしたことも明らかにし「
無断充電は犯罪という認識はあったが、利用者のサービスのうちに充電も入っていると、
甘い認識があった」と釈明しました。
(1回の充電でおよそ75円だそうです)
松坂議員は、2003年の県議会議員選挙に有田郡(ありだぐん)選挙区から立候補して初当選し、
現在4期目です。
今月15日から再開される2月定例県議会の本会議での審議を経て、
正式に議員辞職が許可される見通しです。

悪い事をしてしまうことは、有るかもしれませんが、
きちんとした対応をすれば人はそんなに攻めることはしないと思います。
あきらめの悪い事を続けると、批判はいつまでも続くでしょう。

 市民の皆様からリコールという話も、持ち上がってきていますが、
今後2年間で平林議員の得る歳費は約980万円です。

 リコールによる住民投票ともなれば、その費用は約1200万円とのことです。

ならば、私としては平林議員が、批判にさらされながらも居座ってくれていたほうが
共産党として、本当に大きなマイナスになるということを、、行動で示さなければなりません。


 まずは、須坂市、岡谷市で赤旗日曜版を市庁舎内で勧誘、配布、集金を禁止してくれます。
松川村、池田町、小谷村、白馬村と、どんどんと、この流れを加速させ、
最後には
、日本中の庁舎内での、赤旗配布禁止になるまで頑張らなくてはなりません。


またそうなることを、強く望むばかりです。

市庁舎内で赤旗新聞を勧誘配布集金してよいのか?

わたしと、同じことを、頑張っておられる市議会議員から、連絡をいただきました。
小坪しんやさん行橋市議会議員です。その意見には、まったく同感です。



その彼のHPより抜き出した記事です。
小坪さんには頑張っていただきたいものです。

以下がその文章です。


やめられない共産党

やがて深く触れる日もあるだろう。
触りだけ書いておく。

共産党は、公務員への押し売りをやめれぬ理由がある。
赤旗には日刊紙と日曜版の二種があることを冒頭で触れたが、重要なのは日刊紙だ。

これには活動報告が書かれており、彼らが人数を水増しする一因でもあると考えている。
この報告に掲載されることは、共産党員にとっては非常に名誉なことなのだろう。
よって「オスプレイの反対活動で何人集めた!」という際に数字を盛るのではないか。

日刊紙は、共産党の維持に必須のインフラである。
保守に置き換えれば、TwitterでありFacebookであり、ブログであり、まとめサイトであり。
ありとあらゆる情報ツールが、赤旗日刊紙である。

実は日刊紙は大赤字だそうで、単体では継続が難しい。
いくつかの理由があるが、定年退職により高価な日刊紙から日曜版に変更というものや、単に人気がないというのもあるだろう。
結果であるが、「日曜版の利益で補填」している構図となっている。

日曜版は、「一見さんを取り込むための浅い内容」である。
本格的にガッツリ書いているのは日刊紙なのだが、日曜版こそが赤旗の命脈であり、共産党の最大の弱点だ。



年老いた党員では、各世帯への個別配達が難しい。
これも遠因にあるのだろう。市役所であれば、一か所で集中して配布ができる。
集金にしても楽なものだ。
この点は、公明新聞(公明党の政党機関紙)や聖教新聞(学会の新聞)とは明確に異なる。

よって、なにがなんでも市役所で配布し、集金したいのだろう。
自宅に届けるのはコストがかかりすぎるのだ。

だからと言って、政党機関紙を公共施設内で「勧誘・配布・集金」して良いわけがない。








いまこそ拡散を

まだの方は、以下の動画もご覧ください。
実際の、一般質問の様子です。(わかりやすい解説付き。)

【赤旗問題】一般質問「政党機関紙しんぶん赤旗の庁舎内での勧誘・配布・集金について」





参院選の後にて、明確に変わった点がある。
自民党が、「共産党を明確に批判」した。
多くの議員が追随しており、党全体で「共産党と事を構えた」のだ。

今ならば、さらなる効果が期待できる。
党本部からの通達は、現在もまだ生きている。

朗報になるが、一部の議会では「赤旗の一般質問」は未だに継続している。
私も先般の議会で取り上げたが、全国ではまだ戦い続けている議員が多数いる。

機は熟した。
いまこそ、赤旗を撃つとき。

苦しかったぶん、悔しかったぶん、
怒りと悲しみをのせて、
そして正常化に向けての正しい願いを込めて、

FBでのシェア、Twitterでの拡散をお願いします。
全国の議員に届きますよう、そして政治を動かしていきますよう、
思いを込めて拡散を。

共産党が恐れる「弱点」はここだ。



関連
その「大切な日刊紙」が、休刊の可能性も?





【まさか】「しんぶん赤旗」部数激減…休刊の可能性も【俺のせいか?】


まさか「俺のせいか?」と書くか、「俺の成果?」には迷ったが、いわゆる政治ジョークである。ついに赤旗が休刊の可能性が、紙面で取り沙汰されている。志位委員長の発言として、党の常任幹部会において「日刊紙の休刊」を視野に入れた検討に入って欲し...しいと報じられている。野党担当秘書がソース(週刊新潮)

また、元共産党政策委員長の筆坂秀世氏によると20年以上前から漸減しており、当時から日曜版だけにしようという議論はあったとのこと。

実は、7月と8月に「大幅な下落」があった模様。
この分析が週刊新潮で報じられている。

私よりも遥かに詳しい方々ゆえ、「なるほど」と納得する部分も多数。
その上で、私なりの考察も加えてみたい。



それは、いまの赤旗の体制が「市役所職員」の購読に支えられているという実態である。
紙面によれば日曜版100万部(今回3万5000部減)、日刊版20万部(今回7000部減)

全国の自治体は、1741市区町村、これに47都道県を加えて約1800自治体。
幹部職員の数を乗じて見ると、荒っぽい推計値であるが「部長級が10名強」いたとして、これだけで日刊紙が2万部。
なんと日刊紙の売上の一割が地方行政に支えられていることになる。

すでに赤字で、部数が減少しようとも固定費が軽くなることはない。
その上で「売上だけが1割」も減少したとすれば、どうなるだろうか。
すでに赤字の状態であるが、「利益から」売上の1割を差し引かねばならない。

地方行政で、異変が起きている。
これを巻き起こしたのは、確かに私のせいかもしれない。
詳述していく。


地方に支えられる赤旗

いまの赤旗の体制が「市役所職員」の購読に支えられているという実態である。
紙面によれば日曜版100万部(今回3万5000部減)、日刊版20万部(今回7000部減)

全国の自治体は、1741市区町村、これに47都道県を加える。
行橋市の場合、部長級は(基本的に)全員が日刊紙か日曜版を購読している。
部長級のすべてが日刊紙を購読していた、と私は認識している。

思想信条の自由があるゆえ、この場で断定はしないが、
議会で再三にわたって指摘したように、地方公務員法36条に抵触する可能性がある。
特に、「しんぶん」とは謳っても政党機関紙であることに間違いはなく、選挙前は候補者の写真や候補者名が明示されており、これは公選法における「文書図画」であるとの指摘はまぬがれない。
無論、公選法における文書図画は、市庁舎のみならず公共施設への掲示(広義では配布も含むという立場を私はとる。)は、法的な問題が生じるのではないか?脱法行為という批判は当然で、議会で取り上げ続けてきた。

さて、自治体の数は都道府県・市区町村を加え、約1800ある。
ここに部長級が平均で10名強いたと仮定すると、これだけで日刊紙2万部に相当する。
議会においても「議員同士のつきあい」や、特に議長となった場合は購読を求められる場合もあり、これを含めれば「地方行政」「地方議会」で3万部程度の日刊紙となる。
かなり乱暴な推計値であるが、大きくははずれていないだろう。
実際、庁舎内は赤旗まみれである。



日刊紙に比較し、安価な日曜版。
こちらはさらに大きな部数を有す。








共産党市議による勧誘

係長就任時に契約を求められる例がたたず、これは共産党議員からのオファーである例が多数指摘されている。そして部長就任時に(高価な)日刊紙にシフトするのだ。
私の知る限りでは、単に行橋市の問題だけではない。全国において類似例が散髪しており、何かマニュアルでもあるのではないか?

共産党議員による市職員への勧誘は、「行政対象暴力」の観点からも問題で、地方議員から要請を受ければ断りにくいのは当然である。地位的優越性の悪用とも言え、権力の歪んだ行使との指摘もある。違法・適法の判断は司法分野の話であるため、議会での判断は難しい。とは言え、これほどにコンプライアンスが叫ばれる中、到底認められることとは思えない。私自身、この観点から一般質問で再三に渡って指摘を行ってきた。



日刊紙においても推計値で1割以上の売上を、地方行政が支えていることは事実であろう。
またその多くは、公務員それぞれの自由意思とは考えにくい。人間関係を円滑にするため等、また議会工作の一環として、というのが実態だろう。

日曜版においても同様の状況であると思料され、言い換えるならば「地方の覚悟」こそが赤旗休刊の鍵を握っているとも言えるのだ。








地方からの動き

再三に渡る一般質問を、私は行った。
鎌倉市議会では「赤旗禁止」の動きが報じられている。

ネット上でも有名ユーチューバーがとりあげ、様々なまとめサイトにも掲載された。
併せて、国政選挙における政策協定にも掲載。

最終的には、自民党から是正を求める通達が出されている。
このあたりは既存報道にはほとんど報じられることはなかった。

自民党の動き

ついに政権与党が動く。



自治体職員への「赤旗」勧誘 自民党が実態把握の通達
 自民党が、地方自治体で共産党の機関紙「しんぶん赤旗」の強引な購読勧誘が行われている事例があるとして、各都道府県連に対し、注意喚起と実態把握を求める通達を出していたことが15日、分かった。

 通達は竹下亘組織運動本部長名で先月18日付で出した。通達は、福岡県行橋市で共産党市議らが市職員に対し、庁舎内で赤旗の購読勧誘や集金を行ってきた事例を紹介し、「議員の立場を利用して半ば強制的に地方公務員に購読させているなら看過できない事態だ」と指摘。議員の地位を利用したり、庁舎管理規則に反した強引な勧誘が行われたりしている可能性があるとして、「必要な対応」をとるよう呼びかけている。

 共産党の地方議員が自治体職員に赤旗購読を勧誘するケースは、行橋市のほか兵庫県伊丹市、神奈川県川崎市などで表面化。同県鎌倉市では「職務の中立性」を理由に、今年度から庁舎内での政党機関紙などの販売を禁止している。


参議院選挙を越えて
当時は「いろもの」であったと自認している。
つまり、私の政策活動は、「面白い議員がいるね」という程度のことであったのだ。

非常に立場の高い方からは、凄まじいまでの絶賛を受け評価も得ていたのだが、
一般的には「いろもの」であったと、そのような扱いであったと認識している。



この動きが変わったのは、参議院選挙以降である。
少し長くなったので、「いまの動き」については続編に譲ることとしよう。



まさか「俺のせいか?」と書くか、「俺の成果?」には迷ったが、いわゆる政治ジョークである。
ついに赤旗が休刊の可能性が、紙面で取り沙汰された。

爆破予告をもって「市議を辞職せよ」という脅迫を受けたのは、一週間前に閉じた9月定例会。
明確な言論弾圧であるが、共産党は「テロに屈せよ」という要旨の決議を緊急動議で出した。

仮に共産党支持者など、私と対峙する陣営が、脅迫は爆破予告などの不法行為を用いた手段で、攻撃してきたとしても、
私は「正々堂々と政策活動」で戦っていく。

「市議1議席 vs 政党要件を満たした公党」
ネットのある時代ゆえ、やってやれぬことはない。
ISOと国際法を叩きこまれた、上場企業出身の理系技術者の事務処理速度、
身をもって体感するがいい。

政策面において、私が遅れをとることはない。
寝た子を起こした責任は、起こしたやつがとるべきだ。



赤旗に休刊になって欲しい人は、



紙面を見て「やった!」と思った方は、



FBでのイイネ・シェア、Twitterでの拡散をお願いします。



小坪しんやのHP~行橋市議会議員 181 tweets 2 users

平成28年を振り返って

明日1日で、平成29年の幕が開けます。

この1年は、
大北森林組合の問題。

学校内の問題。

大麻の問題。

赤旗抜き盗り問題。

雷鳥の脱走。Etc

反省を繰り返して、今後に生かさなければなりません。

特に、悪い奴らは眠らせないようにしなければなりません。

 最近不眠が続くのは、私も「悪い奴」なんでしょうか(笑)

なんとか1年間を正義感をもって過ごせたのも、
読者の皆様や、ご意見を下さる皆様など、
多くの皆様のおかげです。

 来年、平成29年もしっかりと頑張るために、これから最後の大掃除です。


プロフィール

ほり けん一

Author:ほり けん一
ご意見を私までお寄せください。
メール
horiken@ar.wakwak.com
携帯 090-3473-8597

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